とある画家のアトリエ

動物たちにストーリーを与える絵描きの活動記録

阪神大震災から21年目

ふと今日、目が覚めると5:46だった。

最近早起きではあるが、阪神淡路大震災から21年めの今日、この時間に目覚めたのは何か意味があったのだろうか。

 

私は母のお腹の中にいた時、一度死にかけている。

21年前のこの日も、家中のタンスが倒れてきたが、タンスとタンスの間にできた隙間にすっぽり収まったため、無傷だった。

家にいた家族は無事だったが、家は半壊、近くに住んでいた祖母はなくなった。

生まれる前も、21年前も、死ぬような場面に遭遇しながらも私は死ななかった。

 

それは、この世で何かをしたいからという思いが無意識にあったのかもしれない。現にこの時期くらいから、生まれてきたことにはきっと意味があるのだろう。でもそれはなんだろう?と考えることが増えてきた。二十代のOL時代、周りに不満ばかり言って過ごしていた時期もあったし、一年くらい無職の時も、なんとなくこの世に生まれてきた意味を考えていた。このままでいいのだろうか、と。

 

最近、絵を描いて生きて行く、そう腹を括ってから、徐々に周りの見え方が変わってきた。自分で責任を取る生き方をすれば、問題が起きても理由がわかるし、必要以上に相手を責めることもなくなった。嫌いな人もいなくなった。周りがどうかではなく、自分がどうであるか。それだけで、世界が変わることがわかった。世界がおそろしいものになるか、優しいものになるかは自分のこころのありかた次第なのだ、
その中で自分を知り、やりたいことをやる、それは自分を満たすことであり、周囲に貢献できることにつなかまるのではないか。それが私の生まれてきた意味ではないかと、最近強く思うようになった。

体が自由に動く時間は限られている。

限られた時間を大切にし、生きている間はできる限りのやりたいことをしようと思う。