とある画家のアトリエ

動物たちにストーリーを与える絵描きの活動記録

チョコレート研究所のロゴを制作しました

実は会社員時代の約7〜8年間は、ほとんどDTP作業に従事していました。

一人でなんでもできる人に憧れていたので、自分でデザインをして空いたスペースに絵も描いていたわけです。

実はデザイン業務がどうしても好きになれず、デザインを好きでやっていて、それ一本でやっている人にはかなわないなあと思ってデザイナーを諦めたんですね。でもそんな経験が、今もこうして仕事として繋がっているので、無駄なことはなにひとつないと思うわけです(^^)

そんななか、先週からデジタルの仕事が多く、着々と納品できてほっとしています。

今回は染川ちひろさんのお店、大阪西区の新町にあるカフェ、チョコレート研究所のロゴを作らせていただきましたのでご報告です♪f:id:knkitwo:20160127101939j:plain
ちひろさんご本人は、カカオを現地まで採りに行くほどのこだわりをもった方なので、チョコレート好きにはオススメのお店ですよ!試験管とカカオと白衣を描くことで、店名であるチョコレート研究所をすぐに連想できるようなものを心がけて作りました。

1/28はおはよう朝日にも出演されるそうなので、関西のみなさんはチェックしてみてください(^^)

#チョコレート‬ ‪#ロゴ‬ ‪#スイーツ‬ ‪#chocolate‬ ‪#おはよう朝日‬  

■チョコレート研究所 大阪新町店
住所:大阪府大阪市西区新町1-9-14 2F
電話:080-2505-8854(予約受付は営業日のみ)
時間:12:00~20:00(商品売り切れ次第終了)

http://chocolathunter.com/

 
 

阪神大震災から21年目

ふと今日、目が覚めると5:46だった。

最近早起きではあるが、阪神淡路大震災から21年めの今日、この時間に目覚めたのは何か意味があったのだろうか。

 

私は母のお腹の中にいた時、一度死にかけている。

21年前のこの日も、家中のタンスが倒れてきたが、タンスとタンスの間にできた隙間にすっぽり収まったため、無傷だった。

家にいた家族は無事だったが、家は半壊、近くに住んでいた祖母はなくなった。

生まれる前も、21年前も、死ぬような場面に遭遇しながらも私は死ななかった。

 

それは、この世で何かをしたいからという思いが無意識にあったのかもしれない。現にこの時期くらいから、生まれてきたことにはきっと意味があるのだろう。でもそれはなんだろう?と考えることが増えてきた。二十代のOL時代、周りに不満ばかり言って過ごしていた時期もあったし、一年くらい無職の時も、なんとなくこの世に生まれてきた意味を考えていた。このままでいいのだろうか、と。

 

最近、絵を描いて生きて行く、そう腹を括ってから、徐々に周りの見え方が変わってきた。自分で責任を取る生き方をすれば、問題が起きても理由がわかるし、必要以上に相手を責めることもなくなった。嫌いな人もいなくなった。周りがどうかではなく、自分がどうであるか。それだけで、世界が変わることがわかった。世界がおそろしいものになるか、優しいものになるかは自分のこころのありかた次第なのだ、
その中で自分を知り、やりたいことをやる、それは自分を満たすことであり、周囲に貢献できることにつなかまるのではないか。それが私の生まれてきた意味ではないかと、最近強く思うようになった。

体が自由に動く時間は限られている。

限られた時間を大切にし、生きている間はできる限りのやりたいことをしようと思う。

 

 

 

展示のお知らせ

今年最初の展示のお知らせです。

 

2016年2月23〜28日の6日間、東京杉並区高円寺のギャラリー山椿美術館にて行われる、合同企画展に参加させていただきます。

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題してアートがアートを加速する「ART FORCE」第一回企画展です。

 

新進気鋭の作家から、セカンドキャリアとして取り組む作家予備軍までを対象にする公募展となっており、最終日にはカメライターかさこさんによる講演もあります。

四月のドラードギャラリーの個展に向けて、また今年一発目の展示ということで、今年のよい足がかりとなればと思っていますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。

 

主催の野歌つぐみさんのHP

http://tsugumi-artworks.com/

 

ブログ

Tsugumi Art Works™

 

山椿美術館への地図

山椿美術館地図

 

ふくろうのすすめ

年始の挨拶に使ったこのふくろうさん。

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制作中はすごい目ヂカラで私に訴えかけてきたような気がしました。


『おい、おまえ。


まだ人の目を気にしているのか。

まだ人のせいにするのか。

まだ自分の人生を生きないのか。

いつまで同じ場所をぐるぐる回っているんだ。もう答えはわかっているじゃないか。


人がなんと言おうと関係ないだろう。自分の人生じゃないから好き勝手言うんだ。そんなやつの言うことくらいで止めてしまうなら、おまえの情熱はそれまでだ。最初から止めておけ。


最初からできるやつなんていない。少しずつでもいいから続けるんだ。小さなことでもやるんだ。自分の足で立とうとしろ。自分の人生を生きようとしろ。後悔したくないならな。』


描いてる途中、何度もあっ、はい。すみません。ちゃんとします。みたいな気持ちになりました。


去年の冬至の日に東京へ行き、なぜか腹が据わりました。これといったことはなかったはずなんだけど、点と点が結ばれたような感じでした。

そのあとに描いたのがこのふくろうさんなのですが、その時の気持ちを代弁してくれているような、決意のふくろうさんになりました。


人類パワースポット化計画

なんだかとてもたいそうなテーマだが、これは私が絵を描いている大きな理由のひとつだ。

 

私は主にA4くらいまでの小さな絵、ハガキサイズや5cm角くらいだったり、手のひらサイズの絵を多く描いている。最近は特にふくろうを描いており、動物自体を描き始めたのは14年ごろとまだ日が浅い。それまでの多くは女性の絵を描いていた。

以前、友人と花を買うように気軽に絵を楽しんで欲しいねといって、友人たちとハガキサイズの絵のグループ展をしたことがある。日本は海外のように大きい絵を個人宅で飾るのは難しいと思う。絵を飾るということ自体あまり馴染みがないし、絵を観る、ということもまた少し敷居が高く感じるのではないかと思う。

それなら絵を飾るという行為をもっと身近に感じてもらうために、玄関のちょっとしたスペースやリビング、自分の部屋で花を飾る、ポスターを選ぶ気分で小さな絵を飾ってみるというのはどうだろうか。ポスターや花が見る人に与えてくれるものがあるように、絵にできることもあるんじゃないだろうかと私は考えている。

実際に絵を購入してくださったり依頼してくださった方に、ありがとうと言われる機会が増えてきた。こちらからお礼を言う立場なのに。なかには涙を流したという方もいて、自分の意図しないところで絵が人の心に作用することがあり、そうして人を癒すことがあるということを知った。

絵をネットで発信し続けることやその場所の提供は、前述したように元気になるきっかけ、すなわちパワースポットに行くことに似ていて、それに触れた人たちが少しでもプラスの方向に向かって欲しいという思いがある。縁起物を多く描いているのもそういう理由のひとつだ。
そうして元気になった人に触れることで、その人がまた誰かのパワースポットになる。絵は、そんなきっかけのツールになって欲しいと思っている。

自分の生み出したものに価値を見出してくれて、優しい時間を届けられたらこれ以上のことはない。